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ぶろーぐ

公開日記とはまさに

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目の前の少女は、俺をじっと見てそう唸った。


女性に人気とうたわれる大時計の針が、夕方を指している。
可愛らしいキャラクタードールが時計を彩っているが、俺からすればなんとも目に優しくない、カラフルな時計だ。

いつもならゴールデンタイムにもかかわらず、カフェは閑散としており、周囲の席に座る人はいない。
明日、大規模な軍事作戦が実行される。
皆、その準備に追われているのだ。


「…………。


目の前の少女は、相変わらず俺をじっと見つめている。
優しげな瞳の割に、視線はとても鋭い気がした。
どこか威圧感を感じる俺は、彼女とほとんど目を合わせることなく、このよくわからない時間が過ぎるのを待っている。

明日の作戦が通達された後、彼女は突然俺をここに誘った。
重要な作戦であるためか、敵国からの裏切り者である彼女は外されていたようだった。
だが、彼女はそのことを気にかける様子もなく、出されたアイスコーヒーにも一切手をつけないまま、俺を見ている。
俺はと言えば、その視線を正面から受けられないままだ。


「…………んー。


別に嫌いな人間だというわけではない。
苦手と言うほどでもないはずだ。
俺自身が人見知りするほうでもない。
なぜだか、目を合わせるとすぐに反らしてしまう。

それほどに一直線に、一途に見られている。



「アナタが。


唐突な発言に加え、唐突に途絶えた彼女の声に、俺は思わず聞き返した。


「…………。
 アナタに?


意味がわかりません。

ただ、視線の鋭さが和らいでいた。
どこか、彼女から穏やかさが消えていた。
何か、そこにあった感情が抜けて行くかのような。
気が抜けたと言うべきだろうが、彼女には似合わない言葉に思える。


「……アナタに、似ているヒトを知ってるの。


興味が湧いたわけではなかったが、条件反射で聞き返してしまった。
誰に? と。
それは、俺と彼女の機嫌や関係に影響を与えるものではなかったが、
少し踏み入り過ぎたかと、俺に後悔を覚えさせた。

それでも彼女は、とても素直に、ためらいなく答えた。


「世界で一番好きなヒトに。




「でも……少しだけだった。
 遠くから見た時は、わからなかったけれど。


そう言って、彼女は再び視線に鋭さを取り戻した。
しかし、その鋭さはすぐに消え去り……。


「ありがとう、あのヒトに会わせてくれて。


それだけ言うと、彼女は。
普段、俺たちに見せている作り笑いを見せて、席を立った。





残されたアイスコーヒーをぼんやりと眺めながら、考えていた。
彼女を仲間だと思わなかった理由。
彼女と目を合わせられなかった理由。

だが、彼女の言うことを信じるのなら、話は早い。
彼女は今でも、おそらくは敵であるあの国にいる誰かを想っている。
そして、彼女は俺自身を見ていなかった……。
だから、視線が交わっても、彼女という人間を認識できなかったのだ。

なんということはない、出会って早々、彼女の奔放な心に振り回されただけというワケだ。
そうとわかってはじめて、椅子の背もたれに背中を預けた。


一息ついた頃、カフェの外がざわめき始めた。
明日の準備が済んだ連中が、彼女を見つけでもしたのだろうか。


「ん? お前こんなところでどうしたんだよ?
 明日の準備はいいのかよ?


カフェに少しずつ人が入りはじめる。
その中には友人も混じっていた。

友人は手付かずのアイスコーヒーを少し眺めると、
口の端を持ち上げながら開いた。


「ハッハッハ、お前もやっぱりモテないワケだな!
 おごっておいて手付かずじゃ、どうしようもねぇじゃんか。


友人がそう言うのと同時に、そういえばと思い注文書を見た。
……はずだったが、注文書はあるべき場所になかった。

適当に返事をしながら、友人にそのアイスコーヒーを勧めておいた。
明日は大規模な作戦、毎度のことだが失敗するわけにはいかない。
そう、彼女のことを考えている場合ではないのだ。
俺にはあの国と戦う理由がある。
忘れてはならない理由が。


「なぁ、お前も聞いたか? あの子……明日は外されるって話だ。
 ひでぇ話だと思わねぇ?


彼女に対する違和感の正体がわかった今、客観的に彼女を見ることができた。
例えひとつの作戦を上手くやったからと言って、完全に信用できるかと言えばそうではない。
もしも彼女が、裏切ったフリをしているのであれば。
敵国が明日の作戦を読み、失敗に導くために彼女を送り込んだのであれば。
この間の輸送機を落とした程度の戦果では、到底信用できるものではないのだ。

そのことを言うと、友人はお前もかというような顔をしたが、
話の内容は理解してくれたようだった。
すっきりしないと言わんばかりに頭をかいている。

味方、仲間として信用したい気持ちはわかる。
そう伝えると、友人も気が済んだようだった。
俺自身もそう思っていたし、嘘を言うようなことではない。
俺たちが戦っているのは人間ではなく、国だ。
仲間が増えるのは喜ばしいことなのだから。


「皆聞けー!
 俺は、あの子が明日の作戦から外されるという、上の判断に我慢がならねぇ!
 どうにかして参加させて、上の連中にも仲間として信用させたい!
 何かいい案は無いかぁー!?


友人が周りと騒いでいる間、俺は再び考えていた。
彼女の件は、時が経つにつれ大きな不安となっていくだろう。
完全には信用できないとわかってしまった今、その不安を拭い去ることはできない。

今日、俺は散々文句を言っていた相手である上層部に、はじめて共感を抱いた。
そう……彼女は信用できない爆弾そのものだった。
いつかは爆発するかもしれないという不安、その爆発が自分の背後で起きれば、尚更。


先行きの見えない戦争と、相変わらず騒がしい友人を前に、
俺はため息を吐かざるを得なかった……。

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「青色と灰色ってさぁ、随分とこう……違うよな?


割と疑問を多く含めた発音で、向かい合う男はそう言った。
社員食堂のカレーライスを口一杯にほおばっていた俺は、
男の発言に対する反応ができず、少し間を置いた。


「晴れの反対が曇りや雨だろう。
 でも、青の反対は灰じゃないよな?


この社の食堂のカレーライスは安くて美味だ。
スパイスの辛味に油分も適量、経費節減とうたい肉類を減らしたとも聞くが、その分野菜を大量に煮込んだ濃い目の味わいが、また良い。
もちろん他のメニューも上等で、外来の客ですら、この食堂で昼食をとることが珍しくないほどだ。


「あー、訂正、雨にしろ雪にしろ、だ。
 雲なんだよ雲、雷だって雲の中で起きるだろ。


口をわざわざ大きく開けて、次の一口を放り込む。
俺はカレーライスは混ぜない派だ。
適度に絡めるほうが、味が一定になってしまわなくて済むし、好みの分量で放り込むことができるからだ。
こういう風に自分のカレーライスの食べ方を分析する者は、そう多くないだろうけれど。


「どうして青と灰なのか……疑問なんだよ。
 夕焼けは赤色じゃないか、青空とならガチンコバトルできそうだろ?
 でも灰色の雲はどうなんだ、青と対になるにはどうもだな……。


正面の男は、自分のラーメンがのびることも気にせず喋り続けている。
彼は最初の一口の後、急に外を見てこの話を始めた。
晴れてはいない、明るくもない、沈んだような灰色の空。
雨の気配はするが、雨が降る様子はない、そんな灰色の空。


「夜はいいんだ、夜は光が無いだろ、だから青が暗くなった。
 でも雲は違うだろ、明るくなったわけじゃあない。
 なのに灰色……白色系なのがおかしいと思うんだよ、なぁ?


おかしいのはお前の頭の中だと心の中で言いながら、絶妙のスパイスを味わう。
今日は少し辛味が強い、雨で沈んだ気分を盛り上げようとしてくれてでもいるのだろうか。
さすが、いつでも美味い日替わりカレーという異名を持つだけある。
一体、どんな人間が料理しているのだろうか。


「夕焼けの色はいいよな……空と対立しててさ、上が青で下が赤……。
 あの混ざった色がどうしてか綺麗なんだよ、わかるだろ?


視界の外で何かがはじけた。
窓に水滴が当たっていた。
降って来た……、午後の工事は面倒そうだ。
レインコートの準備に、対風雨用の防護壁に……。


「だけどさぁ、青空に白い雲……はいいか、綺麗だしな。
 青空に灰色の雲っていうのが駄目なんだよ、イマイチなんだよ。


遠くの空は少しだけ青かった。
通り雨……通り雲とは言わないだろう、叶うなら昼食を終えるまでに降り止んでほしいものだ。
防護壁はともかく、レインコートをいちいち引っ張り出すのは面倒以外の何物でもない。
作業員のシールド常備はいつになったら承認されるのか……。
いや、魔法嫌いのあの課長が認めるワケはない、くだらないひいきで迷惑するのは下っ端だというのに。


「お前ー、さっきから食ってばかりじゃないか。
 あぁ、今は昼メシの時間だったっけ。


いっそ課長にレインコートの調達を頼んでしまおうか。
何と言われるかはわからないが、現場には出て来ないのだから言ってみるだけ頼んでもいいだろう。
それを拒否するのならシールド常備を要求すればいいだけのこと、我ながらなかなかいい案だ。
出世には響きそうだが、目先の欲が大事な時もある。


「うお、ラーメンのびた。


自業自得。

ふと、ちらりと外を見た。
遠くの青空は少し薄れていた。
風向きが逆方向のようだった、全く実に面倒くさい。

目に入ってきた青空と雲の境界線は、空の青と雨雲の灰色が混ざり合っていた。
青色が、少しずつ灰色に変わっていく。
相席になった男が言うほどイマイチとは思わない。
雨の中で仕事をするのは散々だが、雨そのものは嫌いではないためか。


まるで、青という色が抜けていくかのように。
晴れが薄く、薄く。
雨雲に侵食されていくようにも見えたし、空から色が抜けていくようにも見えた。



『彩度。



そう一言だけ言って、セルフサービスの食器を置きに席を立った。


「…………。
 彩度、あぁそうか、彩度……。


夜空は明度。
夕焼けは色相。
色の抜ける雲は、彩度。

本当にどうでもいいと思えるような知識でも、今まで覚えていられたのは、
空をそういう風に例えた人が。



青い空は遠く、もう見えないほどに遠く。
あの人もまた、遠く。

見えたところで手は届かない、なんて思いながらも。
普段より辛めのカレーライスに元気づけられたりして。


『行くぞ、あと10秒でそれ食っちまえ。


「わーってるっての! のびたラーメン程度大した敵じゃねぇや!



今日も、過ぎてゆく。
世界は少しずつ、進みながら。
窓の外を見つめる。
光が雲を突き抜け、窓ガラスをも貫き、私達の目に輝きをもたらす。
それはあまりに強く、そして儚く、一瞬のものであった。
彼は、その輝きの主を求めている。


「なんてことはない、俺は選ばれたいと思っているし、選ばれると思っている。


再び、私達の目に強い光が届いた。
9秒の静寂が訪れたのち。
光に追従するかのように、重苦しい轟音が響く。

近くはない、だがそう遠くもない距離。


「来ている……。
 主が来ている、俺を迎えに来ている。


真面目な話をすると、私は正直頭が痛い。
だがしかし、彼が輝きの主に対し、常軌を逸脱した感情を抱いているのも確かなのだ。
私は、彼とともにあるゆえに彼の行動を否定でき、彼を否定できない。


「天に大地があるような音だと思わないか。
 これは、天の地響きなのだと。


私は返事をしない。
彼は誰にともなく語りかけている。
私に問いかけているのではない。
また一度、輝きの主は光を発した。

今度は8秒。
ゆっくりと、確実に。
輝きの主は、その意志があるのかどうかもわからないまま、彼に近付く。


私は何も言わないまま、窓の外を見ていた。
白く、それでも重苦しい色をした空は、大地へ絶え間なく槍を落としている。

何も変わらないようでいて、同じ場所には落ちない槍。
ガラスに弾かれたその槍はバラバラに散り、触れた仲間と再び融合する。
まるで、人々を巣の中から出さないためかのように。
絶え間なく、いつまでも。


7秒。
ひときわ大きい音がした。


「…………。


彼の顔が緩んでいる気がする。
言葉はないが、どことなくそんな雰囲気を出している。
この距離でそう感じるようになったのは、昔の私からしたら贅沢な話だ。
だが、私は今でもこの距離を遠く感じている。
それは、輝きの主が彼の前に居る限り、埋められない距離のようにも思えた。


窓を叩く槍。
私にはどれも同じ音にしか聞こえない。

天の地響き。
私には何の違いも感じられない。

昨日の彼と、今日の彼。
私は、今日も輝きの主を越えてはいなかった。
この季節に唐突に現れては消え、しかし彼の心を縛ったまま。
唯一にして、私の最大の敵。


6秒。
落石とはこんな音がするのだろうか。
本当に空の上で何かが転がり落ちているような音。
空の上から何かが転がり落ちているような音。
防ぎきれない轟音とともに届いた光は、彼の手の握りを強くした。


去年の同じ季節にも、同じことがあった。
輝きの主が近付くにつれ、彼は喜んでいた。
光から3秒で轟音が届くようになった時、彼は主に会いに行った。
私は行けなかったが、彼は行ってしまった。

今年もまた、彼は会いに行くのだろう。
今年もまた、私は輝きの主に勝つことができなかったのだろう。
私を守るベッドのシーツを、私は手放すことができない。
私は、彼の行きたい場所に行くことができない。


勝ち目なんて、あるはずないのに。



5秒。
彼の雰囲気が少し変わった気がした。

数分間、互いに何も話していない。
雲から落ちる槍が窓ガラスを叩いている。
私にはやはり、同じ音にしか聞こえない。
変わらない、変われない、それは私も同じこと。


4秒。
あと少しで、彼は行く。
輝きの主に対し、うずくまっていることしかできない私を置いて。

行かないでなんて、言ったことはないけれど。
そばにいてなんて、いつだって思っているけれど。
彼を縛る権利が、私にはあると思うけれど。

もしも拒まれたらなんて、


3秒。
丸まって、目を瞑って、耳を塞いで。
輝きの主がいなくなるまで、ずっと、ずっと。
甘えてるとは思うけれど、守ってくれる人はいない。
もう、そこには誰もいないのだから。



「……大丈夫か?
 雷が苦手って、結構難儀なんだな……。
 まぁ、心配するなよ、俺がついててやるから安心しろって。
 なんてったって、俺は主に選ばれた男だからな!


予想外とか、色々な気持ちがごちゃ混ぜになったので、
とりあえずシーツの中に引きずり込んだ。

窓ガラスを叩く雨の音が、少しだけ柔らかくなった気がした。
多分、気のせいだろう。
人は戦うための側面から、逃れることはできないのだ」



雲ひとつ無い空に、巨大な、それでもその大空に比べればごく小さな魔式機械の鳥が、空気を切り裂きながらゆっくりと進む。
その巨躯の中身は地上最前線への補給物資。
前回の【ペリカン】の撃沈により、最前線への補給は滞っていた。


真っ青な空に黄色い光線が線を描いた。
回避、回避、回避の連続。
黄色い光線はことごとく青空に溶けて消え、俺は体勢を整えることなく背部に背負っていたランチャーを構え、小型の誘導ミサイルを数発撃ち出す。

相手は鋭くミサイルに反応し、正確な予測と射撃でミサイルを全て撃ち落とした。
その反応速度と射撃精度は賞賛に値するだろう、実に見事だと思えた。
ただ、その行動には俺に対する盛大な隙が生まれていたのだが。


戦闘空域を巨大な魔機の鳥、コードネーム【ファットクロウ】はその巨躯に似合った速度でのんびりと前に進む。
【ペリカン】よりも重装甲らしいが、速度はかなり遅い部類に入る。
そのスピードは、まさに飛んでいられるのが不思議に思うほどだった。

防衛線を突破してくる敵兵を、輸送機周囲で迎撃する任務。
前回と同じ任務を、俺は受け持っていた。


正面から飛んでくる敵兵に対し、シールドバリアを発生させる。
腕輪から複合シェルとは別の光の膜が現れ、敵兵の銃口から放たれた光線をあっけなく霧散させる。
大して強くはない。
そう判断した俺は、余計なダメージを【ファットクロウ】に負わせまいと、敵兵のほうに突っ込んだ。

未だ戦闘慣れしていないのか、相手は少し焦った表情を見せ、動きが鈍る。
その瞬間を見逃すことなく、右手の……マシンガン型の銃口からエネルギー弾をバラ撒く。
相手は慌ててシールドバリアを展開し、エネルギー弾を弾き返す。
エネルギー弾の脅威が去った時、俺と相手の距離はほぼゼロに等しかった。

落ちていく相手の魔機が火のない爆発を起こしながら崩れてゆく。
戦闘ができない程度に留めてはおいたものの、復帰には一週間ほどかかるだろう。
白い服を着た救護兵が相手を拾い、基地のほうへ飛んでいくのが見えた。
なぜだか、周囲を見ることがなく、その救護兵を見ていた。


なぜだか。

そう、なぜか……見ていた。






「あの救護兵に浮気したいの?」




右手の銃を手放した。
振り向かずに、彼女の腕を掴んだ。

今度こそ、今こそ真実を聞くために。
今度こそ、彼女から逃げないために。


振り向いた時に見た彼女の表情は、浮気を心配する表情ではなかった。
いつもの笑顔。
穏やかな、無表情にも見える、それでもどこか色っぽい、優しげな笑顔。

暫しの無言の後、とりあえず浮気はしないと伝えた。
彼女の表情は変わったように見えたが、どう変化したのかが全くわからなかった。
でも、変わったのは確かだという確信もあった。
それが俺にとって良い事なのか悪い事なのかはわからないけれど。


また少しの沈黙の後、俺は彼女が裏切った理由を聞いた。
お互いの推進器がゆるやかに光を発していた。
輸送機が少しずつ遠くに移動していった。
彼女は、笑ったまま。




「キミを、知りたいから」




半秒ほど。
まばたきとは別に目を瞑って。

そして彼女は、【ファットクロウ】に銃を向けた。


二度も、とか。
今度こそ、とか。
そういう感情ではなかった。

ただ、当てさせるわけにはいかない。
撃たせるわけにはいかない。


違う、そうじゃない。


これは、なんなのだろう。





《戦うための側面から、逃れることはできないのだ》





撃ってほしくなかった。
どうしても、撃ってほしくなかった。
今、この瞬間から。
敵になってほしくなかった。
また、敵に。

腰から抜いた剣は【ファットクロウ】に向けられた銃を切り裂いた。
数瞬の間があり、銃は火のない爆発とともに霧散する。
彼女もまた、銃を失った手で剣を抜いた。
お互いに造りがそっくりの剣を。

金属製の剣に見えてそうではない衝突音が響き、推進器の出力が一気に上がった。
剣同士の摩擦で削れたエネルギーが、光の粒となってこぼれた。

受けては返し、返しては受けた。
俺は必死だった。
彼女は表情を変えなかった。
穏やかな表情のまま、彼女は剣を振りかざす。

何を考えて彼女は戦っているのだろう。
ふと、そう思った。
彼女は戦闘を楽しむ性格ではなかったように思う。
戦闘能力そのものは高いほうだったが、それでも戦闘自体に興味が多くあったとは思えない。


なぜ、彼女は戦うのだろう。


そう思った時、ほんの少しだけ彼女の顔から笑顔が消えた。
一瞬だけ、彼女の動きに間が生じた。
逃すわけには、いかなかった。





「またね」


真ん中から叩き折られた剣を捨て、彼女は笑ってそう言った。
一瞬で空の彼方へと飛んでいってしまった彼女を見て。
そして、捨てられ落ちて行く剣を見て。

術者が離れた剣は少しずつ崩れ落ち、霧散していく。
【ファットクロウ】も目的地に着き、次々補給物資をばら撒いていく。
作戦の成功が伝えられ、大勢の兵が素早く帰路についた。
敵もまた、補給阻止の失敗により、最前線へと視線を向け直した。


【ファットクロウ】が大きく旋回していくのを見ながら、思い返していた。
あの時、彼女はなぜ動きを緩めたのだろうか、と。

今になって少しずつわかってくる過去。
あの瞬間、俺も考え込んでいたせいか、動きが鈍った気がする。
彼女が俺に合わせていたのだろうかとも思ったが、今までの経験からしてその予想はあり得ないものでもあった。
いくつかの予測を挙げてはみたものの、結局納得の行く答えは出なかった。


彼女がなぜ敵になったのか。
一体彼女の目的はなんなのか。


何もかも、わからないまま。

誰もいなくなった青空の下で、俺は一人、眉を歪めた。










.
なんてよく言うけど、見つからないんじゃなくて、自分がそれを知らないだけなんだ」


先日、一人の兵士が裏切った。
兵士は仲間を傷付け、そのまま敵側へと移った。
その数日後にはすかさず敵側の作戦に参加し、こちら側の作戦を妨害、失敗にまで追い込んだ。

――――公式の記録には、そう残されている。


様々な思惑を抱えて、人はその兵士の恋人だった彼をなぐさめた。
本気で心配しているように見える人、裏切り者の恋人として見る人、話の種として詳しく聞き出そうとする人、深くは突っ込まずに元気を出せとだけ言って去る人。

どこか勘違いをしてるんじゃないかとさえ、思うほどに。
彼の、そして彼女の真意に触れるなぐさめは、ひとつもなかったのではないか。

広いカフェルームの喧噪の中、彼は相手のいない席をじっと見つめていた。
主のいない椅子の向こうには、ガラス越しに晴れた日の穏やかな陽気と、色鮮やかな花畑が広がっている。



「やめとけ、お前も同じだ」


深く沈んでいるように見えた彼の元に行こうと、立ち上がった時だった。
向かいの席に座る青年が、困ったような顔をして笑っていた。





少なくとも、私の目には彼女が裏切りをするようには見えなかった。
彼といた彼女は、いつも活き活きしているように見えたから。
いつものように穏やかな無表情だったけど、同じ女としてうかがい知ることはできていた。
彼は彼女が好きで、彼女もまた、彼を本気で好きだったと。


では、なぜ彼女は裏切ったのか――――。


答えは出なかった。
推測の域、それもおそらく勘違いか、的外れか……。
どちらにしても、私にわかるはずがなかった。
私は彼女と同じ女ではあっても、彼女自身ではないのだから。



そのまま椅子に腰を下ろした私を見て、向かいの青年は口を開いた。


「いつも通り振舞うのが一番なんだよ。
日常の中で、アイツの変化に俺達が合わせてやればいい。
…………ああやって傍目にでも心配されると、どんどん孤立して行っちまうんだ、心の中ってものがな…………」


青年の視線の先には、彼と……どうやら下心を持っているらしい少女がいた。
こんな時に自分のことばかりかと物申してやろうと思ったが、一瞬目に入った青年の苦笑いが私を制止した。

少女が何かを言っているが、彼の耳には全く届いていないようだった。
彼はまるで、少女の声が存在しないかのように、無視している。


いや、違うのか。
彼は、そこにいる少女の存在にさえ、気付いていないようにも思えた。
こりゃだめだと諦めた風に去る少女にも、おそらく最後まで気付かないまま。


何かを想うような。
何かを考えるような。
ただ呆けているような。
どんな表情にも見えるその横顔からは、何も知ることができなかった。
例え向かい合ったとしても、何も知ることはできないのだろう。

どんなに強い想いがあったとしても、それだけで全てを知ることはできないのだから。





「さて、強力なライバルが消えたかと思えば、随分な置き土産を残されたものだな。
まぁ頑張れ、一応は応援しているぞ、我が妹よ」


青年…………兄のほうに音速で向き直った時、兄は既にいなかった。
代わりに残されたのは、『ヒントだ』と書かれた領収書が一枚。

兄からのわけのわからないヒントは置き、再び彼のほうを向いたが、何も変わらない彼がそこにいただけだった。



次の作戦行動までの時間が、少しずつ過ぎていく。
彼女は、再び戦場に現れるのだろうか。

そしてその時、彼は何を思うのだろうか――――。






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